遺族厚生年金制度の見直しが進んでいます。
基本的な遺族厚生年金制度について理解し、何がどう変わるのかを知らないと、あなたの会社は生き残れなくなってしまいます。
パートさんや女性自身はもちろんのこと、パートさんを雇用する社長さんにとっても大変重要な話です。
本記事では、
- 遺族厚生年金制度見直しの背景
- 具体的な見直し内容
- 見直しにおける国の狙い
- 遺族年金の基礎知識
- 遺族厚生年金の今後の動き
を解説します。
遺族年金制度等の見直し
厚生労働省は、2024年7月30日に「遺族年金制度等の見直しについて」という資料を出しました。
見直しの趣旨は、働く女性が増えて共働き世帯が増えてきたという社会状況の変化に沿って、制度上の男女差を解消していくということ。
男女差の格差解消のために、20代から50代の死別した子のない配偶者の遺族厚生年金を見直すと発表しています。
現行制度は、
- 夫が外に働きにいって専業主婦の奥さんが家庭を守る
- 女性は働く先を見つけるのが難しい
という固定した男女関係を元に設計されていました。
現行制度では、子がいない場合、夫の死亡時に30歳未満の妻は5年間の有期給付。
30歳以上であれば、原則として一生涯受け取れます。
一方、妻を亡くした夫は、55歳以上なら受給権が発生しますが、実際に給付をもらえるのは60歳になってからです。
男女間で1000万円ほど受取額が違うという、大きな格差があります。
現在は共働き世帯が中心なのに、これほどの男女差はおかしいので平等にしよう、というのが今回の見直しの趣旨です。
遺族厚生年金制度の見直し内容
具体的には、夫を亡くした妻も、妻を亡くした夫も、子どもがいない場合は遺族厚生年金を5年間の有期給付にしようとしています。
ただし、子どもがいる人の場合は、現行のままです。
高齢者(60歳以上)の配偶者に関しても、現行のまま変わりません。
見直し対象になっているのは、子のない配偶者についてのみです。
遺族厚生年金制度見直しの背景
遺族厚生年金制度の見直しが行われる背景は、以下のとおりです。
女性の就業率が上昇した
女性の就業率はどんどん上がっていて、2040年の推定値では男女ほぼ変わりがないと予想されています。
年齢別の就業率をみると、1956年から1960年代に生まれた方(一番下のライン)は年を追うごとに就業率が高くなっています。
1986年から1996年に生まれた方(一番上のライン)は20代から就業率が高いので、全体がかなり押し上げられています。
女性が働くのが当たり前の世の中になったということです。
共働き世帯が増加した
昔は936万人だった専業主婦世帯が、今ではたったの404万人に。
なんと半分以下になっています。
一方で、共働き世帯は718万人から1206万人になり、共働き世帯が圧倒的に多くなっているのが現状です。
給料の男女格差が減少した
若い頃の給料について、男性を100%とするなら女性93%で差がほとんどなく、年をとるごとに男女差が出てくる、というのが昔でした。
それが今は、どんどん差が縮まってきています。
34歳までの女性でいえば、男性の90%ほどの給料になって、かなり給料が上がってきています。
まだ男女差別はあるので解消しなければなりませんが、以前に比べると差がなくなってきています。
- 働く女性が増えた
- 共働き世帯が増えた
- 女性の賃金が上がってきた
という背景のもと、20代から50代の死別した子のない配偶者の遺族厚生年金を5年の有期給付にしましょうという見直しが行われています。
遺族厚生年金制度見直しにおける国の狙いと政策
日本の生産年齢人口(15歳から64歳までの人口)は、30年前に比べると1000万人も減っています。
生産年齢人口は減っているものの、非正規職員として働く女性や高齢者が増えたので、労働力人口がなんとか増えてきた状況です。
ところが、これからはどんどん人口が減っていくので2030年には働く人が1000万人近く減ってしまうということが想定されています。
だから、女性と高齢者にもっと働いてもらえるように政策が変わってきています。
共働き世帯がかなり増加していますが、実はその大部分はパートさんの増加によるもの。
妻がフルタイムの共働き世帯は、少ししか増えていません。
国としてはフルタイムで働く女性を増やしたいので、パートさんや専業主婦を不利にする方向で法律を改正しています。
女性の就業率をみてみると、働く率自体はすごく高くなっていますが、正規雇用されている比率はそんなに高くありません。
国はフルタイムで働く人を増やしたいので、この正規雇用比率を引き上げていくのが狙いです。
専業主婦だった女性をパートさんや派遣、契約社員で働いてもらって、いずれはフルタイムや正社員で働いてほしいと考えています。
とにかくフルタイムで働く女性を増やしたい国は、以下のように様々な政策を打ち出しています。
社会保険の適用拡大
パートさんは週の勤務時間が30時間までは社会保険に入らなくてよかったのですが、条件を満たせば週20時間の勤務でも加入する義務を負うようになりました。
社会保険対象企業の規模も、従業員数501人以上だったのが2022年には101人以上に変わり、2024年10月からは51人以上に変わりました。
さらには企業規模要件を撤廃し、従業員の人数に関係なく社会保険の適用を拡大していこうという法改正案までも出ています。
社会保険の適用拡大については、こちらの動画で詳しく解説しています。
雇用保険の適用拡大
2028年10月には、雇用保険の適用範囲が拡大されます。
主な変更点は、対象となる労働者の週所定労働時間が20時間以上から10時間以上に変更されること。
この改正により、より多くの労働者が雇用保険の被保険者となります。
企業側からすると、人件費の負担が増えるのでパートさんを雇用しにくくなります。
雇用保険の適用拡大については、こちらの動画にまとめています。
遺族厚生年金の5年有期化
遺族厚生年金を5年の有期給付にし、働く女性を増やそうという意図があります。
将来旦那さんが亡くなったときの遺族厚生年金を当てにできないという状態を作れば、フルタイムや正社員で働こう!という女性が増えると国は考えています。
遺族厚生年金の見直しについて解説した動画はこちらです(本記事の動画版です)。
最低賃金1,500円への引き上げ
最低賃金を1,500円まで引き上げるという方針もあり、国は賃金を上げて税収や社会保険料を増やそうとしています。
同時に、時給が上がっていくと社会保険料や税の負担が生じるので、手取りの減少を避けるためにパートさんは働く時間や日数を調整します。
そうするといろいろと制限が出てきてしまい、パートさんは不利になりがちです。
専業主婦とパートを不利にして、フルタイムで働いてもらおうというのが国の狙いです。
最低賃金の引き上げについて、詳しくはこちらの動画をご覧ください。
給付制限の短縮・撤廃
雇用保険の基本手当(失業給付金)がもらえるまで、自己都合退職の場合だと昔は3ヶ月の制限期間がありました。
2020年10月には制限期間が2ヶ月に短くなり、2025年4月からは制限期間が1ヶ月に短縮。さらに公共職業訓練等を受ければ、制限期間なしですぐに基本手当(失業給付金)がもらえるようになります。
これは、転職(特に成長企業への転職)を促進しようとする国の狙いによるものです。
雇用保険改正については、こちらの動画で詳しく解説しています。
労働条件の明示義務
2024年4月から労働条件明示のルールが変わりました。
有期契約労働者については、更新上限の有無や内容、無期転換のルールを明示しなければなりません。
また、すべての労働者について、働く場所や職種を明示する必要があります。
将来の配置転換などによって変更の可能性がある就業場所や業務の範囲を明確にし、「多様な正社員」という形を導入しようとしてます。
これも実は、フルタイムや無期契約で働く女性を増やしたいという国の政策なんです。
労働条件明示のルール変更について、詳しくはこちらの動画にまとめています。
人口が減少していき人手不足がますます厳しくなるので、女性は専業主婦やパートさんではなくフルタイムで働いてほしいと国は考えていて、法改正を次々にしていることを知っておきましょう。
フルタイムで働く女性をとにかく増やすために専業主婦やパートさんをどんどん不利にしている、ということを女性自身も雇用する社長さんも理解しておく必要があります。
また、女性にとっても「専業主婦になろう」「パートで働こう」「手に職をつけたい」といった、人生における選択に大きな影響を与えるような法改正が次から次へと行われていきます。
これを知っておかないと、これからの時代で生き残るための対策をとりにくくなってしまいます。
遺族年金の基礎知識
そもそも遺族年金とは、どんな制度なのでしょうか。
公的年金として、老齢年金・遺族年金・障害年金の三種類があります。
国民年金は、自営業者の方も含めてすべての方が対象です。
会社員や公務員には、国民年金の上乗せとして厚生年金があります。
遺族基礎年金というのは、亡くなった被保険者の遺族に支給される年金のこと。
現在の受給要件は、①生計を同じくしている②収入850万円未満の遺族であることですが、年収要件は撤廃される予定です(詳しくは後述します)。
今回の見直しは「遺族厚生年金」のうち「子のない配偶者」に関してですので、大部分は改正されません。
遺族基礎年金
遺族基礎年金は、18歳未満の子のある配偶者または18歳未満の子に支給されるもの。
子どもがいないと遺族基礎年金は支給されません。
18歳未満の子どもがいる場合は、基本額81万6000円と、子の加算額を合わせた額が支給されます。
1人目および2人目の子の加算額は、それぞれ23万4800円。
3人目以降の子の加算額は、それぞれ7万8300円です。
遺族厚生年金
遺族厚生年金は、会社員や公務員の遺族に支給される年金のこと。
死亡した方に生計を維持されていた以下の遺族のうち、いちばん優先順位の高い方が受け取ることができます。
子のある配偶者についても子のない配偶者についても、男性は55歳以上でなければ受給資格がありません。
- 子のある配偶者
- 子(※1)
- 子のない配偶者(※2)
- 父母(※3)
- 孫
- 祖父母(※3)
※1 子のある妻または子のある55歳以上の夫が遺族厚生年金を受け取っている間は、子には遺族厚生年金は支給されない。
※2 子のない30歳未満の妻は、5年間のみ受給可能。子のない夫は55歳以上なら受給できるが受給開始は60歳から(ただし、遺族基礎年金をあわせて受給できる場合に限り、55歳から60歳の間であっても遺族厚生年金を受給できる)。
※3 父母または祖父母は、55歳以上なら受給できるが受給開始は60歳から。
遺族厚生年金の受給額は、亡くなった方の老齢厚生年金(報酬比例部分)の4分の3の額です。
2003年3月以前(A)は、ボーナスに対して保険料が徴収されていませんでした。
ボーナスが年金に反映されていなかった時代なので、給付乗率が7.125になります。
2003年4月以降(B)はボーナス込みで計算するので、給付乗率は5.841と低くなっています。
注目すべきなのは、加入期間が300月未満の場合は、300月(25年)とみなして計算するということ。
勤続1年や2年で亡くなっても15年分が保障され、死亡保障として生命保険と同じような機能があります。
たとえば月40万円(ボーナス込みの年収500万)くらいの人だと、遺族厚生年金の受給額は49万3290円です。
遺族基礎年金と合わせると、結構な金額になります。
中高齢寡婦加算
さらに女性の場合は、中高年の寡婦加算として中高齢寡婦加算があります。
遺族年金を受給していたけれど、子どもが成人して巣立ったあとは受給できなくなるので、そのときの補償として年額61万2000円加算されるのが中高齢寡婦加算です。
夫が亡くなったときに40歳以上65歳未満で生計を同じくしている子がない妻に対しても、同じく年額61万2000円加算されます。
年額61万2000円、つまり毎月5万1000円が一生涯受給できるので、女性はプラスαがもらえる制度です。
現行の遺族年金制度は男女格差が激しい
女性にとっては、遺族厚生年金は一生もらえるというイメージです。
子のある妻の場合だと遺族基礎年金と遺族厚生年金をもらえて、子の人数に応じて加算もあります。
子どもがいなかったり、18歳到達年度の末日を迎えた場合については遺族基礎年金をもらえなくなりますが、遺族厚生年金や中高齢寡婦加算があります。
妻と子以外、つまり夫や父母、祖父母の場合は、妻または被保険者が亡くなったときに55歳以上だと受給資格が発生。
さらに受け取りは60歳になってからなので、女性と男性の違いがとても大きいです。
現行の遺族年金制度は、女性にとっては年金が一生涯もらえる有利な制度です。
夫が亡くなって子どもがいる場合は、子どもが18歳の3月31日まで遺族基礎年金が受給できます。
遺族厚生年金は一生涯受給でき、さらに中高齢寡婦加算として月額5万1000円。
妻が65歳になったら、妻自身の老齢基礎年金をもらえます。
一方、男性にとっては厳しい制度になっています。
妻を亡くした場合、夫は遺族厚生年金を受け取ることはできず、子どもが受け取ります。
遺族基礎年金は受給できますが、子どもが18歳の3月31日を迎えると、ストンと急に遺族年金がすべてもらえなくなってしまいます。
その後は夫自身の年金をもらってね、と突き放されたようになってしまうのが男性です。
このように遺族厚生年金制度は、男性と女性とで大きな差があります。
- 夫を亡くした妻は、年齢に関係なく受け取れる(子のない30歳未満の妻は5年の有期)
- 妻を亡くした夫は、55歳未満は受け取れない
男性の場合は、55歳以上で妻を亡くした場合に初めて受給できる権利が発生し、しかも実際に年金をもらえるのは60歳になってからです。
遺族厚生年金制度の今後について
遺族厚生年金制度は、今後以下のような動きが検討されています。
有期給付への移行
男性の場合は、改正施行日からすぐに5年間の有期給付がスタート。
女性の場合は大きな制度改正なので、何十年もかけて徐々に有期給付につないでいくというイメージです。
施行日に、妻の有期給付対象年齢を現在の30歳から40歳に引き上げます。
5年経ったら40歳を45歳、さらに5年経ったら45歳を50歳というように、5年ごとに妻の有期給付対象年齢を引き上げていきます。
5年後、10年後、15年後、20年後、そして25年後…
妻の有期給付対象年齢は徐々に引き上げるので、いきなりスパッっと年齢が引き上げられるわけではありません。
年金制度を悪くするたびに、急に改悪するのではなく徐々に進んでいく経過的な措置をとるので、年金制度はますます複雑になっていきます。
繰り返しになりますが、子のある配偶者のところについては全く改正されませんし、60歳以上の高齢者についても変更点はないので、慌てふためかないようにしましょう。
生命保険の代わりになる部分については、ちゃんと確保されています。
たとえば、ボーナス込みの報酬月額が30万円だった方が亡くなった場合、遺族基礎年金と遺族厚生年金をあわせた受給額は、子どもが1人なら月額12万円、子どもが2人なら月額14万円。
結構大きい金額を受給できます。
きちんと遺族年金制度を理解して生命保険に入らないと、損してしまいます。
7000万円くらい差が出てくるので、余分に生命保険をかけて無駄遣いをしないように気をつけましょう。
生命保険についてはこちらの動画で詳しく解説していますので、よかったらご覧ください。
分割制度の創設
夫が亡くなった場合、夫の標準報酬等を分割する死亡時分割の創設が検討されています。
夫の年金を妻に振り分け、妻の将来の老齢厚生年金額が増加するという制度です。
収入要件の撤廃
収入850万円(所得655.5万円)未満でないと、現行制度では受給資格がありません。
制度見直し後は収入要件が廃止され、受給対象者が増える予定です。
中高齢寡婦加算の段階的廃止
中高齢の寡婦加算について、段階的廃止が検討されています。
現時点でははっきり決まっていませんが、たとえば5年や10年で徐々に受給額が減っていく仕組みになる予定です。
ただし受け取り始めた金額は受け取り終了時まで変わらないので、その点は安心できそうです。
まとめ
共働き世帯が増えて女性の就業率はかなり高くなったものの、正社員の比率は少ないです。
つまりフルタイムで働いている女性が少ないので、女性にフルタイムで働いてほしいと国は考えています。
パートさんの雇用を不便・不利にしたり、主婦年金の廃止を目指したりして、パートさんや専業主婦を狙い撃ちにする法改正をしようとしています。
これからどんどん人口が減って、今から6年後の2030年には1000万人、2050年にはなんと2400万も働く人が減る時代です。
だから働く人を増やすために専業主婦に働いてもらいたいし、パートさんはフルタイムで働いてもらいたい、という目的でどんどん法改正を進めてきています。
専業主婦はパートさんへ、パートさんはフルタイムへ、という流れになっています。
これからの時代は、女性自身はもちろんのこと、パートさんを雇用する社長さんも考え方を今までとは変えていかなければなりません。
遺族厚生年金制度の改正の中身としては、
- 一生涯もらえていた女性の年金が、徐々に何十年もかけて5年の有期給付になる
- 男性については、5年の有期給付がすぐに導入される
ということです。
一方、子どものいる配偶者が受給する、生命保険の代わりになるところは全く変更なしのままです。
その点をきちんと理解し、余分な生命保険をかけないようにしておきましょう。
ロームがあなたの会社をサポートします
本記事では、遺族厚生年金制度の見直しと、国の狙いについて解説しました。
制度内容だけでなく国の狙いについても理解しておかないと、損するどころか会社が生き残れなくなってしまいます。
本記事を読んでいただいたあなたは、貴重なノウハウをひとつ手に入れたことでしょう。
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